さよなら豆腐メンタルな日々よ

1日のPVがビタミン剤の摂取量程度ですが

「孤独のグルメ」に見る、おじさんが食べるだけのマインドフルネス

いつみてもこんにちは。

 

最近は、夜食事をする時にアマゾンプライムで「孤独のグルメ」をよく見ています。

食事をする時に誰かと食事をする雰囲気を味わいたいって思うからと、単純に「孤独のグルメ」がドラマとして好きだから。

 

 

んで思ったのがなんで「孤独のグルメ」は見ていて面白いのか?という疑問。

 

だってあのドラマっておじさんが仕事の合間に1人でひたすら食事をするだけのドラマなのに、なんで僕にとって面白いと感じるのか?

 

ちょっと「孤独のグルメ」について考察してみようと思います♫

 

孤独のグルメって話のベースはいつも一緒で、

主人公の井之頭五郎が仕事でいろいろな街に行き、そこでクライアントからの無茶な要望を投げられ、そして空腹になってお店を探して食事をする。最後は満足して帰路につく。って感じなのですが、実はここに世間の皆さんが共感するポイントが隠されているのではないかと!

 

まず、

クライアントからの無茶な要望

↑これは自分では制御できない外部要因でストレスの元。

 

ここでストレスを感じた主人公は空腹になりお店を探します。

↑自己の行動でストレスを軽減しようとする。

 

お店を見つけたら目の前の食事に集中して自分と語り合い満足するまで食べる。

↑ただ目の前にある現実に没頭し、そして満足して帰る。

 

この一連の流れって、今流行りのマインドフルネスと似てませんか?

 

マインドフルネスって「目の前の事にただただ集中して自分と語り合う」ことでストレスを解消したりメンタルを保ったりする行為なんですが、「孤独のグルメ」ってその要素がたんまり詰まっているんですね!

 

毎日の仕事やプライベートの中で、自分ではどうしようもない出来事って起こるじゃないですか?

むしろその出来事に振り回されてストレスをためてる人が多い。

 

だからこそ視聴者は主人公に自分の姿を重ね合わせて共感するのではないでしょうか?

 

ハーバード大学の研究では、たくさんの感情がある中で「希望」だけが特殊で、絶望の後じゃないと希望は現れないんですって。

 

最初にお客さんの無茶な要望という絶望を感じるからこそ、その外部のストレスに対して食事を通して「今この状態」を見つめるからこそ、最後には希望が生まれ満足して帰っていくのはないでしょうか?

 

ちょっと堅苦しい説明になったけど、要は

・自分の好きなこと

・好きなことに集中すること

・その間は今だけを見つめること

 

で自分の機嫌を「上機嫌」に変えて毎日を乗り切っているでんでしょうね(^^)

 

だから「孤独のグルメ」は現代人に共感されるのかもしれませんね♫

 

というか、ただ松重さんの食べっぷりが本当に美味しそうってのもありますけどww

 

 

今日はこのへんでw

 

 

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